輪島の中心地から険しい山道を車で走ること約30分。
峠を抜けると、眼下に冬の日本海が広がり、
竹の垣根でぐるりと囲まれた集落が姿を現します。
異境の地に迷い込んだかのような不思議な町並み。
まるで人を寄せ付けない堅固な城壁のようにも感じられます。
この一風変わった「間垣の里」は、上大沢町と大沢町の二カ所に点在しています。
聞き慣れない「間垣」とは、長さ約3メートルのニガ竹という細い竹を
びっしりと隙間なく並べてつくった垣根のこと。
日本海から吹き付ける冬の風から家屋を守るためのもので、
冬は暖かく、夏は陽射しを遮るためとても涼しいのだとか。
奥能登の不思議な町並みは、厳しい自然と共存してきた先人たちの
生活の知恵がもたらしたものだったのです。
それぞれの家に出入りできるように、間垣の一部が切り取られています。
この小さな隙間をトラックなどの車が通るのですが、
何だかぽっかりと空いた秘密の入口みたいです。
間垣の中に一歩足を踏み入れると、住民の方々の居住スペースとなっているため、
許可のない立ち入りは禁止されています。
観光で訪れた方は、集落の皆さんの迷惑にならないよう、
十分な配慮をお願いします。
たこ糸で固く結ばれた間垣。
真冬の強風に耐えられるように、とても頑丈なつくりをしています。
日本海沿いの集落では、このような風よけの垣根を比較的見ることができますが、
板張りのものが多い中、竹でつくられた間垣はとても珍しいそうです。
路地を覗いてみると、道の行き止まりに神社の石段が。
間垣の中は、昔ながらの風情ある町並みが広がっています。
ふと気が付くと、間垣の外で吹いていた強風はピタリと止まり、
雪を踏みしめる音だけが辺りに小さく響いています。
道に沿って吹き抜けていく真冬の風。
竹の間垣には程良い隙間があるため、土塀やブロック塀とは異なり、
強風が隙間を通り抜けていきます。
その仕組みのお陰で、間垣自体も強風による倒壊を防いでいるのです。
雲間から太陽が顔を出した一瞬、どんよりと濁っていた海面が
美しいエメラルドグリーンに色付き、きらきらと光り輝きます。
浜辺に積もった雪との対比がとても幻想的。
上大沢町は、リアス式海岸の三方を山に囲まれた小湾の集落。
浜辺に小さな漁船がぽつりぽつりと並ぶ漁師町です。
かつては漁業が盛んな土地でしたが、いまでは20軒あまりの集落に。
上大沢町から海沿いの道を車で10分ほど北上すると大沢町の漁港が姿を現します。
春を迎える頃には、辺りは活気を取り戻し、
港の方々でワカメを干す光景が見られるんだとか。
春や夏に再び訪れてみたい漁村です。
集落にある唯一の旅館も間垣の中にすっぽりと包み込まれています。
旅館の看板が目に入ると、厳しい真冬の寒さの中にも、
人の営みや暮らしの温もりが感じられてホッとします。
それにしても、漁港の目の前の旅館となると、
きっと魚介類が旨いに違いありません。
厳冬期ともなると辺りは静寂に包まれ、人通りはまったくありません。
バスも一日4本だけ。ベンチに積もった雪がちょっと寂し気。
哀愁を誘います。
竹垣を支える柱と梁の部分はアテの木が使われています。
また、地中に突き刺さった部分は腐食を防ぐために、
一度焼いて炭化させているんだとか。
その耐用年数は、30年から50年とも言われています。
特殊な気候風土が生み出した土木技術の結晶です。
冬の荒波が容赦なく岩場に打ち付け、強風が轟々と音を立てながら吹き荒れる――。
そんな自然環境と隣り合わせに暮らす「間垣の里」の人々。
自然の厳しさを受け入れ、共存していくための暮らしの工夫こそが
「間垣」そのものなのです。
冬に間垣の里を訪れると、自然と共に生きる事の厳しさと美しさが一緒に目に飛び込んでくる。昔の人はなぜあえて風雪の厳しい土地に住もうとしたのか。きっとそこには厳しさ以上の喜びがあるに違いない。今度は春に訪れてみたいものだ。