能登デザイン室
田口 千重さん(たぐち ちえさん)
1級建築士として建築のお仕事に携わりながら、
ウェブサイトなどで能登流のスローライフを提唱している田口千重さん。
世界に誇れる能登の魅力とは?意外な能登の観光資源とは?
実は高校時代の同級生でもあるふたりで、大いに語らいました!
イタリアにも負けない“能登スタイル”とは?
田口さんはかつて、築100年以上の古民家を再生した「能登カフェ」というお店を運営していました。能登の食材を使ったメニューを出し、地元で活動する職人やクリエイターの作品を展示。そこは、様々な能登の魅力を発見できる場として機能していました。その後、発信の拠点をウェブサイトに移した田口さんですが、これら一連の活動は、海外生活で得た経験が元になっているのだとか。
「以前、1年ほどヴェネチアで生活していたことがあるのですが、そこで『スローフード運動』というものに出会いました。元々イタリアは地域の個性や郷土愛が強いところで、食文化も非常に豊か。そんな伝統的な食材や食文化を見直そうという運動に、私は強く感銘を受けました」
そして田口さんは帰国を決意。その理由は、スローフード、さらにはそれを生活全体に広げた“スローライフ”を故郷の能登で自ら実践し、そして発信していこうと考えたからだとか。
「実は、イタリアよりも能登の方が自然も食文化も豊かなんじゃないかって思ったんですよね(笑)。だけど、私もそうですが、地元の人間はその環境を当たり前のものとして育っています。だから、改めてその魅力に気づく機会というのもなかなかないんですよね。 それで、自分自身ももっと能登を知りたいという思いもあり、ウェブやカフェという場で情報発信を始めました」
能登がイタリアよりも魅力的!? これは、能登の人間にとって非常に誇らしい再発見でした。
能登のばあちゃんは超多忙?
地元に戻ってきた田口さんは、まず自らが能登の魅力を学ぶべく、いろんなところを見てまわったとか。田口さんは能登の都市部である七尾の出身。自然豊かな他の地域には、まだまだ“知らない能登”がたくさんあったそう。
「ひとくちに能登といっても、まわってみると地域ごとの個性が強く、お祭りなどの文化も多種多様なことに気づきました。さらに私は『能登カフェ』をやるために能登島へ移り住んだのですが、じっくり地に足をつけて暮らしてみると、もっといろんなものが見えてきました」
能登島での生活を送るなかで、田口さんは能登の財産ともいうべきものを見つけます。それは何と…おばあちゃん!?
「田舎のばあちゃんって、何となくのんびりしてるようなイメージがあるじゃないですか。でも、能登のばあちゃんって超多忙なんですよ。『梅干し漬けにゃあ』『味噌作らにゃあ』って、常に何かしている。それが昔から積み重ねてきた生活のサイクルなのでしょうね。とにかく生活の知恵がハンパなく豊富なので、聞けば何でも教えてくれます。自然とともに暮らしていくことの忙しさを身をもって教えてくれたように思います」
味噌の作り方、田植えの仕方、刈った稲の縛り方…。田口さんは、いろんなおばあちゃんから能登の暮らしについて学んだそうです。
「一日ばあちゃんたちについて行けば、能登の暮らしの魅力がすぐにわかると思います。ある意味、最高の観光資源なのではないでしょうか(笑)」
“お互いさま遺伝子”で豊かなスローライフを
能登の魅力を発信しているウェブサイト「能登スタイル <a href=\"http://www.notostyle.jp/\" target=\"_blank\">http://www.notostyle.jp/</a>」。田口さんも以前、スタッフとして関わっていた媒体です。ここには、田口さんがおばあちゃんたちとの暮らしで見つけた、能登流のスローライフも紹介されています。またこのサイトでは、能登の知られざる名産や、能登の素材で開発した新商品なども販売しており、メディアに取り上げられることもしばしばです。
「日本海の海水を汲み上げ、伝統的な“揚げ浜式塩田”で作られる『能登の塩』や、七尾湾に育つコラーゲン豊富な能登なまこのエキスを抽出して作った『赤なまこ石けん』などは、その代表的な商品といえるかもしれません。能登はとにかく“素材”が豊富。便利なものは特にありませんが、自分の工夫次第で何でもできるところが特徴だと思います」
そしてその素材とは、食材や自然の恵みだけでなく、人と人との関わりのなかにも存在するものだとか。
「田舎の暮らしというのは、人々が支え合って初めて成り立つもの。能登では、そういうことが自然にできています。例えば、道を歩いていると野菜や果物を山のようにお裾分けされたり(笑)。能登では当たり前だけど、違う視点から見たらきっと珍しいものに映ると思います。そんな暮らしも外に発信していきたいですね」
助け合って生きる。いいものは互いにシェアする──。これぞまさに、能登の人間に流れる“お互いさま遺伝子”ともいうべき性質のなせるワザだと思います。
“米飴”に見る、持続可能な情報発信とは
能登の隠れた名産品に、「米飴(こめあめ)」というものがあります。これは、地元で採れた米と麦のみを原材料とする天然素材の無添加食品で、奥能登の松波というところに500年も前から伝わる伝統的なお菓子。全日空の機内誌『翼の王国』などでも取り上げられたことのある人気商品です。
「米飴は、『横井商店』の3代目であるヨシ子おばあちゃんが、すべて手作業でやっているんですよ。5時間以上コトコト煮込んで作るんですが、米の蒸し具合や水の張り方、冷やすタイミングなど、手づくりだけにひとつひとつがどれも繊細な作業。すべてがヨシ子おばあちゃんのさじ加減で決まるという、まさに伝統工芸のような飴づくりなんです」
こんな魅力的な米飴ですが、地元の人間にとっては昔から当たり前にあったものだけに、その魅力を改めて見つめ直す機会は案外少ないもの。田口さんが行っている情報発信などは、その貴重な機会を提供してくれているような気がします。
「ここに暮らす私たちがもっと能登のよさを知れば、より多くの魅力を発信することができると思います。他県の人から評価されれば、私たちもうれしいですしね。とはいえ、生産量も限られているので、やみくもに発信するのではなく、持続可能な形でやっていけたらと思います」
自分たちが当たり前だと思っていたものにしっかりと価値をつけ、求めてくれる人のところへ着実に情報を届ける──。とても能登らしいスタイルだと思います。
地元の生活に半歩踏み込む、新しい観光スタイル
「以前、滋賀県の信楽に旅行したことがあります。そこは陶製のタヌキの置き物で有名なところなのですが、駅前にあったたくさんのタヌキを見て、すっかり観光した気分になりました。ところが翌日、山の方にある様々な工房を見学させてもらって、本当に楽しかったんですね。それで、すごく反省したんですよ。名物や名所を見ただけでその土地を知った気になってはいけないなあ、と…」
この田口さんの言葉は、能登の観光産業に携わる身として、とても考えさせられるものでした。ガイドブックに載っている名所を単にチェックしてまわるのではなく、地元の生活に半歩踏み込んで味わってみる。そんな観光スタイルを提案できたら、能登の魅力をより感じてもらえるのではないか、と。
「毎年田植えの季節になると手伝いにきてくれる友人や、田んぼにハマり、休みになるとやってくる小学生の男の子など、能登を“第二の故郷”みたいに思ってくれる人が少しずつ増えているんですよ。こういう“能登ファン”って、表面的な観光では決して得られないと思うので、やはりうれしいですね」
能登のオススメスポットを、季節に応じて、またはその日の天気に応じて提案する。ときには「能登のおばあちゃんについって行っちゃえば!?」なんて提案も交えつつ(笑)。そんな“新しい観光ビジョン”を、田口さんのお話から得られたような気がします。
イタリアなど海外の生活を経て、能登にいち早くスローライフという考え方を広めた伝道師。能登に昔からある生活の中にも沢山の宝物がある事を教えてくれる、大切な友人です。