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アートディレクター

吉田 翔さん(よしだ しょうさん)

http://www.okunoto-endenmura.jp/

イタリア留学、東京でのファッションブランド立ち上げを経て、
「奥能登塩田村」に入ったという異色の経歴を持つ吉田翔さん。
そこで「しおサイダー」という大ヒット商品の展開に携わり、
「揚げ浜式製塩」のブランド化に尽力した若きリーダーの哲学に、
多田健太郎が熱く迫りました!

“エイ革”で日本の職人技術を世界へ

1984年生まれの吉田さんは、能登を引っ張る次世代のリーダーとして期待を集めるひとりです。七尾高校を卒業後、インテリアを学ぶべくイタリアへ留学。そこで、“若手デザイナーの登竜門”といわれる世界最大規模のデザイン市「ミラノサローネ」に参加しています。

「日本企業に協賛をいただき、仲間とともに作品を出展しました。ここで本場のデザインを体感しつつ、周囲と連携しながらモノ作りができたのは、後につながる貴重な経験でした」

日本に帰国後、東京でファッションブランドの立ち上げに参加します。それは、エイという珍しい魚の革を使ったバッグのブランドでした。

「エイ革は丈夫で汚れにくく、表面もキラキラ輝いているため、品質の高いバッグを作ることができます。しかし、革が硬く、加工しづらいという難点もありました。また、立ち上げたばかりの無名ブランドだったので、いくら高品質のバッグを作っても、なかなか扱ってくださるお店も見つかりませんでした」

しかし、これらの課題を吉田さんはアイデアと粘り強い推進力で乗り切ります。

「エイ革の加工は、熟練の技術を持つ町工場のおじいちゃん職人に依頼しました。そして、ブランドイメージを獲得すべく海外の展示会に応募。イタリアの世界的なメンズファッション市『ピッティ・イマージネ・ウォモ』の審査に通り、そこで日本のバイヤーにプレゼンする機会を得ました」

これが功を奏し、エイ革のバッグは日本橋の高島屋や渋谷の西武など、一流百貨店の店頭に並ぶことになります。“日本の職人技術を世界へ”というコンセプトを打ち立てて海外の評価を得て、日本に逆輸入する──。当時まだ23歳の若者が成し遂げたことだと思うと…吉田さんの末恐ろしさを感じます(笑)。

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ファッションから“塩作り”にまさかの転身!?

「作品を海外で発表してブランド価値を高め、日本へ持ち帰ってビジネス展開する。エイ革バッグのプロジェクトでは、そんな“モノ作りの王道”を経験できました。そして、次のステップに進むためには自分自身のブランディングをしていかなければと考え、原点である能登に戻りました」

まずは能登を知るべく、帰ってきてから半年ほどひたすら歩き回ったという吉田さん。自分の故郷ながら知らないことがたくさんあって驚いたそうですが、そこで“塩”との運命的な出会いを果たします。

「能登の『揚げ浜式製塩』は、400年以上も前から同じ製法で塩を作り続けています。機械に頼らず、人の手だけで作られている能登の塩に、僕は大きな“可能性”を感じました」

職人が塩を作る姿、甘みを含んだ塩のおいしさ、そして400年以上の歴史というドラマ性…。これらの要素があれば、ブランドとして十分に勝負できる。そう確信して、吉田さんは塩作り会社「奥能登塩田村」に入社します。

「しかし当時は、国の重要無形民族文化財にも指定されていながら、地元の人にすらあまり知られていないという状況でした。また、現役の職人たちが高齢化しており、ハードな肉体仕事ゆえ、10年後には担い手がいなくなってしまうという問題もありました。まずは塩作りの魅力を広めるため、国の助成金を受けてインストラクターを養成し、観光客や地元の子どもたちにレクチャーするプロジェクトを始めました」

さらに吉田さんは、塩のブランド化を推し進めるべく、外部のブレーンと連携した商品開発に乗り出します。その第一弾こそが、後に大ヒット商品となる「しおサイダー」でした。

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400年の伝統を、サイダーに!

塩を自分たちだけで囲い込むのではなく、オープンなビジネスソースとして活用していく。そんな発想のもと、吉田さんは県内で地域活性事業を行う株式会社Ante(アンテ)をブレーンに迎えて商品開発に乗り出します。そこで生まれたのが「しおサイダー」。ここには、「確実に売れるもの」というコンセプトに基づいた戦略があったとか。

「09年当時“ご当地サイダー”というものがブームになっていました。しかし、全国で200以上も種類が出ているのに、能登にはまだなかった。さらにその年は猛暑で、熱中症対策として塩が注目を集めており、また甘みを際立たせるために少量の塩を使う“塩スイーツ”も流行っていました。これだけ条件が揃えば外れないだろう──。そんな確信を持って、Anteさん、奥能登塩田村とともに『しおサイダー』のプロジェクトをスタートしました」

400年の伝統を誇る揚げ浜塩を、サイダーという新規事業に使用するというのは、口で言うほど簡単なことではないと思います。しかし、吉田さんは持ち前の粘り強さでプロジェクトを推進していきます。

「すべてが手作りという揚げ浜式製塩では、採れる塩の量はかなり限られています。それだけに、無闇な使い方はできません。まずは、わずかな量で効果を上げるアイデアをみんなで考え、塩をわけていただくところから始めました。それと同時に、塩をビジネスに活用することの利点も説明していきました」

これらの努力が実を結び、「しおサイダー」は発売から1年で25万本というセールスを記録します。平均売り上げが1万本というご当地サイダーにあって、これは驚異的なヒットといえるでしょう。吉田さんの市場を見通す力には、本当に感心させられます。

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地方活性化とは「人の心を変える」作業

アイデアを持った外部スタッフとつながり、塩の持つ可能性を最大限に引き出す。そんな活動は、何とドキュメンタリー映画の制作にまで広がっています。揚げ浜式製塩の歴史と製法を丹念に追いかけた映画『ひとにぎりの塩』は、吉田さんが監督に話を持ちかけたことがきっかけで生まれました。

このように、柔軟な発想を持ちつつも、ひとつのコンセプトを実現させるまで徹底的にやり抜くのが吉田さんのスゴいところだと思います。

「デザイナーとして手を動かすことももちろん好きですが、最近ではプロジェクト全体をデザインし、まわりと連携しながら推進していくコーディネーターのような役回りをすることが増えてきました。もっともこれは、人間関係のなかで行う忍耐力の要る仕事ですし、そこには地方特有の難しさもあります」

いわく、人が多く、その関係性も流動的な都会にあっては、「利益」や「コンセプト」といったもので仕事もまとまりやすい一方、固定化された人間関係をベースにした地方で仕事をする際は、人々の気持ちや欲望のベクトルがバラバラなため、一人一人と根気強くコミュニケーションをしていかなければならないとか。

「プロジェクトの意義や利点などを丹念に説明し、ちゃんと意思統一を図った上で物事を行うこと。これが地方では大切です。伝える努力を怠ってしまうと、感情的な反発が必ずどこかからわき起こってしまいます。地方活性化とは、言うなれば“人の心を変えていく作業”なのだと思います」

ちなみに吉田さんは、父が彫刻家、母が陶芸家という家に育っています。細部にまで徹底的にこだわる芸術家の遺伝子が、吉田さんの原点にあるような気がします。

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つながろう! ニッポンの若者たち

「自分のコンセプトを構築するため、僕は原点である能登に戻ってきました。しかし、様々なプロジェクトに関わらせていただく中で、その考えは少し変わりました。何ごとも経験ゼロから始めることが多いので、その都度、専門家の方々にご教授いただきながらということになります。そこで得た知識や経験が、今の自分を形作っている。つまり、縁や出会いそのものが自分のコンセプトになっているんだと思います」

能登からイタリアへ渡り、東京でビジネスの経験を積み、地元に戻って塩作りを始めた吉田さん。その物語性に満ちた人生によって多くの縁や出会いを引き寄せる次世代のリーダーは、能登にとどまらず、全国の若者たちにもつながりの輪を広げています。

「石川県の『ISH(Ishikawa Smile Hunting)』というグループに所属し、若者発信の地域活性を模索しています。さらに、各県の若者グループをハブ的につないでいる『チームジャパン』の活動にもISHとして参加し、“地元自慢”というコンセプトで制作したショートムービーをみんなで発表するなど、互いの魅力を伝え合い、日本を活気づけるためにコミュニケーションを深めています」

優れた現状分析と豊かなビジネスセンス、そして様々なつながりを生み出すジョイント力。これが、次世代を牽引する“能登の宝”といわれるゆえんです。そして昨年、奥能登塩田村を退社して次のステップに向かい始めた吉田さん。今後の活動が楽しみでなりません。

「そんな風にいっていただけるのはうれしいですが、ちょっと恐縮してしまいます…。高校時代は麻雀ばかりやっていたようなヤツなので(笑)。ともあれ、これからも能登の魅力を発信すべくがんばっていきますので、どうぞよろしくお願いします!」

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すっとして背が高く、良い声をしているなぁ。語り合ううちにそんな第一印象も忘れてしまうくらい、熱い思いを持った男です。デザインからプロデュースまで幅広く活躍されていますが、それを支える信念と努力と発想力に秀でた、今後が楽しみな能登の宝の1人です。

多田 健太郎

多田 健太郎
多田屋6代目若旦那

吉田さんプロフィール

吉田翔さんプロフィール

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多田屋から車で25分

〒926-0038
石川県七尾市八幡町ニ部3

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TEL:
0767-57-2766
(ギャラリー「椿庵」)

http://www.okunoto-endenmura.jp/

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